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ゼファーガーデン(the zephyr garden)

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イチローという名の野球

野球が好きです。
ほとんどプレーしたことはないし大した知識も無いけれど、好きです。
旬な話題ではないかもしれないけれど今日はイチローとちょっと未来のイチローの話。


昨シーズンイチローはメジャーリーグの最多安打記録を打ち立てる偉業を成し遂げたにも関わらずMVPレースにはそれ程反映されることはなかった。
チームの成績が酷かったことが主な理由と思いたいところだが、現在のメジャーリーグはパワー全盛の時代ということもあるらしい。
ファンは特大のホームランに魅せられて夢を見る。
塁上にいるお膳立てをした味方を一掃し悠々とダイアモンドを周る姿に憧れる。
そしてチームもそんなパワーある選手を求めている。
そんな現在のメジャーリーグの中でイチローは特異な選手だ。
ひたすらにシングルヒットを打つ。
ホームランを打てる甘いボールが来ても敢えてヒットを打つ。
「説明できない打席は1つも無い」という彼の言葉には真実味がある。
哲学的な言い回しをするのでインタビューからイチローの本音を暴くには限界があるけれど彼のしているお膳立ての野球は明らかにこのパワーの時代よりも先を行く野球だと思う。
イチローの確実でコツコツな野球はホームランをかっ飛ばす派手な野球をも超えるエンターテイメント性を持っていると思えるからだ。


絵画や彫刻といった芸術の分野に存在する人を魅了し心に訴えかける精神。
ゴッホと彼の残した作品は主に彼の死後、人々を感動させた。
なぜ生前は評価されなかったかは分からないが、その時代が求めた芸術と異なったからと言うことはできないだろうか。
ゴッホの芸術は彼の生前の芸術の概念を超えていたんじゃないか。
全くの希望観測的推測な上に芸術の分野の知識は皆無なのでこのヘン深くツッコまないでね。


とにかくここにイチローの可能性を見るのである。
現在もイチローの野球は日米共に高く評価されているけれどそれは芸術には無い数字、成績があるからじゃないだろうか。
数字以外の評価、つまり影響力、周りの選手を成長させる力だとかリーダーシップや存在感をイチローが数字と同じくらい評価されているかと言えばこれは個人的にはNOだと思う。
僕らが得る情報はほとんどメディアによるものである限り、メディアに評価されなければ僕らの元には届かない。
それに比べて選手からは上に書いたものに近い評価と敬意を得ていると思う。
天才は天才を知るじゃないけど、「マネしようとしてもできない」とか「一番嫌な打者だ」、はたまた「違う次元の選手だ」と他の選手が発言しているのを聞いたことがある。
僕はそれらの発言が選手たちの本音であることを確信している。
いつかイチローはテレビでこう言っていた。
「むこう(メジャー)の連中は最初は褒めちぎる。そして実際にその選手に痛い目を会うと次はボロクソに言ってくる。そしてそこからプレーし続けて結果を残す内にようやく選手からの敬意を得られる。今ようやくその境地に到達できてきている。」
今年度のオールスターにファン投票されなかったものの選手間投票により5年連続出場を果たしたのもその裏づけだろう。

四球をとことん嫌いヒットを狙う。
「ファンが歩く姿を見たい訳ないじゃないか。」
ヒットで塁に出てからホームに帰還するまでの間スタジアムを沸かせられる。
守っても一流。
投げたボールはレーザーとなる。
これがイチロー流のエンターテイメントなんだと思う。
イチローが引退して時が流れて、イチローのようなスタイルが全盛となる時代が来ることを確信している。
巨人を見て欲しい。
大砲ばかり集めてお金を浪費して残している結果はああ哀しき、だ。
あれじゃあ高価なフィギィアを集めて部屋に飾って眺めているコレクターと何ら変わらないじゃないか。
本当に新しい時代が来たならばその時イチローは”過去に既にこの新しい野球を完成させていた唯一の選手”として新たに敬意を払われるのだろう。
頼む、そんな時代よ来てくれ。
俺を予言者にしてくれ。
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by zephyr_garden | 2005-07-17 13:29 | スポーツ
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