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ゼファーガーデン(the zephyr garden)

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cymbalsは「ちょっとダサい」という点とそこに見るアンチ・パーフェクト思想

d0059577_11331462.jpg先日cymbalsのrallyという曲のPVを久しぶりに見ました。
ボーカルの土岐麻子、ベースでバンドリーダーの沖井礼二、そしてドラムの矢野(名前失念)の3人組、そんな彼らのメジャー2枚目のシングルだったと記憶しています。

久しぶりにその映像を見た僕は「こんなんだったっけ」と少し拍子抜けしました。
まだ当時垢抜けていない土岐麻子が緊張気味に歌うさまはどこか滑稽で、ビデオの中盤でリーダーと矢野がスカッシュをプレーするさまは見ていてこっちが恥ずかしいくらいの体たらくなのです。

そして彼らの着ている服はなるほど時は90年代の終わり、現代の目線から見れば当然時代錯誤と言うにふさわしい"当時の"ファッションでした。

「昔は大好きだったなぁ~」と思いながら考えれば実は未だに大好きです。

そんな彼らは―奇妙な言い方ですが―実にちょっとダサいのです。

PVの構成の不可思議さももちろんそうなのですが、歌詞の一部が違和感のある、それこそ英語を中学生に直訳させたような文章だったり、また時には卵というものがいかに素晴らしいものかを真剣に説くような歌まで歌います。
しかしcymbalsのそんなダサさは未だに僕を魅了するのです。
「ポップでキュートで聴き易くて、時々激しい」それでは完璧。
「ポップでキュートで聴き易くて時々激しいけど、ちょっとダサい」こう言われたほうが僕は気になってしまいます。どうダサいの?

完璧なんてありえない、欠点があるからいいんだなんて何かの慰めのようなことを歌う人間がいますが僕にとってcymbalsはまさにそのクスッと笑わせてくれる妙なセンスが魅力なのかもしれません。


しかし僕はここに完璧なんてありえないとする風潮に裏をみるのです。
「完璧なんだよ」と言われるとつい「本当か?」と粗捜ししてしまう傾向が人には潜在的にあるように思います。
そして完璧とされていた何かに欠点が見つかったとき、まるで全てダメだったかのようなことにされてしまうこともあります。
僕はひょっとしたら人々が考えているのは「完璧なんてありえない」のではなく「完璧であってはいけない」のではないかと思うのです。
完璧に仕事をこなす、完璧な恋人になる、全ての人間を納得させる。
全てがほとんど不可能と分かりながら人がいつの間にか、そしていつの日も意識の奥に完璧ということが居座ることは実に皮肉的でありまた詭弁的であると思うのです。


そしていつか僕がいつの間にか目指していた完璧という不可能の前に焦燥を覚えるとき、またcymbalsを聴こうと思うのです。
そして「ああやっぱちょっとダサいなぁ」と感じようと思うのです。
そして少し気を楽にしようと思うのです。
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by zephyr_garden | 2006-01-24 13:07 |
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