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ゼファーガーデン(the zephyr garden)

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手紙

下の"More"で全文表示します。





ユカ、元気ですか。
今日でユカに流れる時間が止まってからちょうど2年になります。
いつの間にか、僕らはあなたよりもまた1つ歳を取りました。



2年前、そう、夜中に届いた見慣れない番号からの着信がユカだったんだ。
高校で顔をあわせてはいたものの電話で話すのは何年ぶりかも分からなかったな。
近いうちに必ず遊ぼうと約束して電話を切ったんだったよね。
そのわずか2日後だった。
2日前の電話でユカの隣にいたMさんからの電話で起こされたんだ。
最初は何を話しているのか理解できなかった。
電話が来た時は遊びの誘いかと思ったのになぁ。
結局俺が高校の友人たちに連絡したんだっけ。
あの日から納骨まで、あんなに悲しい日々は今までになかったよ。
ユカの家に行って大泣きして、帰りの車でまた泣いて、家に帰ってまた泣いたんだ。



知ってますか
あなたが眠ってからどれだけ多くの人があなたを訪れたかを。
知ってますか
眠っているあなたを見てみんながどれだけ涙を流したかを。
知ってますか
あなたの命がどれだけ今の僕らの生活に影響を及ぼしているかを。

大学に入ってから考え悩み、中退という決断を下し地元に帰ってきたあなた。
長女という立場を最も強く受け止め自分を追い詰めながらも再受験に励んだあなた。
心をすり減らしながらも進みたかったファッションの学校に合格したあなた。

そんな矢先の事故でした。

あなたの死と向かい合い、ある人は大学を休学し自転車で自分探しの旅に出ました。
ある人は活動しているバンドであなたへ向けた歌を作りました。
またある人はフリーター生活から抜け出すために就職活動を始めました。
それだけでなくみんながみんな自分の道を、自分の人生を改めて見つめ直しました。



あれから、もう2年なんだなぁ。
俺は今でも忘れられないんだ、俺の身の回りに起きた偶然とは思えない不思議な出来事の数々が。
事故に遭うわずか2日前にわざわざ俺の番号を調べて連絡してきてくれたこと。
待ち続けていたアメリカの学校の情報が予定よりも2ヶ月近くも早く届いたのは納骨の日の朝だったこと。
無造作に予約した米国学生ビザの審査日が100日目だったこと。
そしてテロによって規制が一段と厳しくなった東京米国大使館で4年分のビザを取得できたこと(実際にこっちで会った日本人はみんな半年から1年程度だった)。
その全ての出来事において俺はユカが後押ししてくれたと勝手に解釈しているよ。
そして今でも強く感謝してる、ありがとう。



僕らはこれからも一つずつ歳を取り続け死に近づいてゆくかもしれません。
あるいは突然の事故により死に到達するかもしれません。
それは変えられないかもしれません。
あなたは今どうしていますか。
僕は今日あなたを想い、もっともっと強く生きていこうと思いました。
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by zephyr_garden | 2006-03-10 21:00 | 生活
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