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ゼファーガーデン(the zephyr garden)

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日常と青春と原点と非日常と~漫画シガテラ~

先日ようやくシガテラを最後まで読むことができた。
有名ギャグ漫画「行け!稲中卓球部」を代表作とする古谷実の作品である。
バリバリのギャグ路線だった作風は作品を重ねるごとにギャグという陽からリアルという陰へとシフトチェンジしてゆく。

主人公荻野優介は並み以下の容姿で度胸も無く優柔不断、将来の夢も無く同級生の不良・谷脇にいじめられるだけの高校生活を過ごしていた。
そんな荻野の唯一の趣味はいじめられっこ仲間の高井から影響されたバイク。
親に内緒で教習所に通いだし、そこで出会った1つ年上の女性、南雲ゆみと交際を始めたところから彼の生活は目まぐるしく変化していく。



~~~(これよりネタバレ含みます、未読の方ご注意下さい)~~~~~~~~~~~~
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大半の人物はその心に闇を持っている。
その闇は作中でいじめ、拉致、監禁、傷害、殺人、レイプ、詐欺にまで発展した。
主人公荻野とその恋人南雲は愛し合いながらも、その意思に反しうしろめたい隠し事を作ってゆく。
絶えぬことのない不幸に襲われ続ける荻野がついに恐れていたこと―――お前のせいでこんなことになった―――を言われ、自己の存在価値とそのアイデンティティーをもはや恋人にしか見出せなくなる。

そして
恋人と一緒だったからここまで来れた。
この人無しではもう生きていけない。
気がついた時には彼女が自分の「全て」になっていた。

そんな作中に流れるのはあくまで一高校生の日常であり、生活の中でそれらの事件が起こったことによりもはやそれは「非日常ではない」とまざまざと見せ付ける。
僕らの身にいつ降りかかってもおかしくない不幸な「日常」。
その中を生きなければならないリアル。

最終話、
短髪になった荻野はオフィスで先輩社員に説教をされていた。
しかしその表情は昔のおどおどとしたものではなく、一般に言う人間的成長を見せる。
青春を共に過ごした南雲はその体に子を宿していた。
今は別々の二人。
荻野は翌日に現在の彼女の両親と会う予定だという。
昔の彼女(南雲)に未練は無い、と言いつつ夜空を見上げ呟く。
「明日、ドゥカティ買おうかなぁ」
高校時代に憧れた真っ赤のイタリアンバイクだった。


ある人はこの作品を中途半端で盛り上がらないと言い、またある人はこの作品を「気分が悪くなる」と一蹴した。
確かにこの作品は主人公の周りに起こる事件を描き、しかもそのほとんどはハッピーなものではないため大きな感動もないし、人によっては気分が悪くなるに充分な要素が詰まっている。
しかし人々にそう思わせる不幸な生活こそが荻野の青春であり、原点だ。
そして原点にはいつも最愛の彼女と大好きなバイクがあった。

理由もなくふと高校時代を思い出すのはなぜだろうか。
昔付き合っていた女性に似た後姿を見てハッとするのはなぜだろうか。
聞いた話だが、人間の脳は二十歳までにその記憶メモリーの半分を使用してしまうらしい。
つまり二十歳以降の思い出の濃度は半分ということだ(20代は早く過ぎる、30代はもっと早いと言われるのも科学的に裏づけられてしまったことになる)。

大人になった荻野が還るところは青春以外になかった。
おそらく彼は未練の有る無しに関わらず南雲を忘れることはないだろう。
つらいこともたくさんあったが、あの頃は良かった、などと思うのだろう。
そして、これからも不幸な日常を歩んでゆくのだろう。



シガテラ(ciguatera)
―――魚類から発生するシガテラ毒による食中毒。吐き気、嘔吐をも催し、神経や胃腸に障害が起こる。
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by zephyr_garden | 2006-03-22 13:44 | 雑記
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