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ゼファーガーデン(the zephyr garden)

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辛口と悪口のはざま

個人的に好きではない脚本家、クドカンこと宮藤官九朗について書いてみようかと思ったものの、彼を批判するだけの情報を持ち合わせていないことに気付き断念した。
元々テレビドラマというものをほとんどみないので、彼の作品も中途半端にしか触れていなかったのだ。

生半可な情報で書いたものは正当な批判にはならないし、逆に単なる中傷にしかならないだろう。
「作品を観てから文句を垂れろ」となるのが常套だ。
(しかし作品に触れてから批判すると今度は「嫌なら観るな」、「批判するために観るなんて意気地が悪い」と逆に非難されることもある、狭い了見でモノをぬかしているんじゃあないと言いたい)

批判にはエネルギーがいる。
しかしそれ以上に主張を支えるための情報が必要だ。
そしてその情報は知識に変わる。

こんな小さなことにもいちいち情報という言葉が用いられるほどに、情報というものは必然なのだ。
そんなことを思うと、誰が発したか知らないが、情報化社会なる言葉は実にチープに響く。
昔の社会で情報とは一体どんな扱いを受けていたのか。
社会とは情報、の間違いでしょう?
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by zephyr_garden | 2006-06-14 17:21 | 雑記
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