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ゼファーガーデン(the zephyr garden)

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the grateful revenge

わたしの名はノーディー、19歳。
父はフランス人の混血、すなわちクリオールであり、母は日本人。
つまりわたしにはフランス人、アフリカ人、スペイン人そして日本人の血が流れている。
しかしその実は、生まれた街から出たことのない、普通の田舎のアメリカ人だ。
見た目は、母の血がやや強めに出たのか、さほど白人らしくはなく、髪や眼の色は日本人そのものだ。
故郷はルイジアナ州境近くのミシシッピ州カウンターヴィル。
ヴィルとはフランス語で「街」を意味し、歴史的背景によりその辺りの地域にはロビンソンヴィルやジャクソンヴィルといったフランス語を起源とする地名が多数存在する。

母はわたしが高校3年生のときに病気で死んだ。
たぶん、癌か何かだったのだろう。
母を殺したのは父だ。
わたしは憎んでいた―酒に溺れ、母に暴力をふるう父を。

父は―多くのクリオールがかつてそうであったように―ジャズミュージシャンだった。
カウンターヴィルのある小さなバーのステージでいつものようにギターを弾いているところ、カウンターにいた当時30歳をむかえようとしていた母と眼が合った。
母は日本で2年の結婚生活にピリオドを打ち、一人旅をしている最中だった。
その哀しげで奥の深い眼に父のグレッグは打ち上げ花火の如き勢いで恋をした。
そして5年後にわたしが生まれた。

幼い頃の想い出は素敵なものばかりだ。
家は貧しかったけれど、なんとか食べていける程度には生活できていたし、何よりもカウンターヴィルでの三人暮らしは楽しかった。
週末になると父はわたしに音楽を教えた。
クラシックギター、ピアノ、バンジョー、トランペットにサックス、ほとんどがアメリカ南部のジャズ、ディキシーランドにまつわるものだった。
父はいつも言っていた
「ノーディー、君が大きくなったらわたしたちのバンドメンバーに入るべきだ。神は君に素晴らしい音楽の才能を与えてくださったのだよ」

わたしは父のその言葉を信じたし、ジャズが好きだった。
でも母が死んでからしばらくは一切の楽器を演奏するのを辞めた。
母を殺したのが父なら、父に母を殺させたのは音楽だと信じていたからだ。

既にジャズプレイヤーとしての誇りも尊厳も、そして妻をも失った男は次にわたしに暴力をふるいだした。
それは水が低いところへ流れるように、当然のことだった。
けれど性的虐待をされなかったのだけは幸いだった。
きっと彼は既にジャズプレイヤーとしてだけでなく、男としても不能だったのだろう。

わたしは故郷を出た。
このままカウンターヴィルにいても大学へ進学できないわたしに残された道は三つしかないのだ。
近所のガソリンスタンドで働くか
売春婦になるか
ホームレスになるか

わたしは日本に行ってみたかった。
母の故郷で生活してみたかった。
母は両親からは既に絶縁されていたのでわたしに日本での頼りは何一つ無い。
でもわたしは日本語が完璧に話せるし(母と話すときは日本語だったのだ)、英語もスペイン語も話せるから、なんとか仕事さえ見つけられれば生活できる。
それに私はアメリカ人と日本人のハーフ、つまり二重国籍者だ。
日本で滞在していても何も罪には問われない。
むしろ二十歳になったら正式に日本人になろう、新しい自分になるんだ。

父の分からない場所に隠しておいた、母の残した衣服や宝石、アクセサリを全て売り払ってお金をつくった。
これだけあれば日本でしばらくは食いつないでいけるだろう―高い高いと言われている日本の物価がどれほどのものかはわからないけど。

初めてパスポートというものを手に入れ、STAでエアプレインのチケットも買った。
頭の中にかかった雲や濃霧がどんどん太陽にかき消されていくような爽快感がわたしを満たした。
日本はどんなところだろう。

「父さん」
全ての準備は整った。フライトは今夜だった。
既に酒も買う金も尽き、冷たい暖炉の前の石のようにぼろいソファで腐っていた父は、大きな荷物を背負ったわたしを見て状況を理解したようだった。
わたしにとってはまだそこまでの思考能力が残されていたことが少し驚きでもあった。
「さよならの時間よ」
「わたしは日本へ行くわ。お母さんの国よ。そこで日本人として暮らすの。もう住む場所も決まってるし仕事もすぐに紹介してもらえるの。あなたとはこれで最後、最後よ。わたしはエアプレインに乗ってカウンターヴィルを出るのよ、かつてあなたたちの祖先がニューオーリンズからシカゴやNYへ渡ったように、かつて人々が西海岸に夢と希望を抱いてルート66を渡ったように。いい?もう一度言うわ、あなたとはこれで一生のお別れよ。その石のようなソファの上でお母さんの命を奪った罪の重さとあなたのこれまでの人生を振り返ってちょうだい」

父はわたしがドアに手をかけたときにようやく口を開いた。
「おおノーディー、俺が悪かった。ここへ戻ってきておくれ。もうひどいことはしないよ。俺を置いていかないでおくれ」
ドアノブに手をかけたまま振り返り、何も言わずにわたしは家を出た。
わたしがここに残ったところでかつてわたしの父だった人はもういないのだ。

ブロードウェイまで歩きタクシーを拾う。
「空港までお願い」
黒人の運転手が尋ねる
「旅行かい?旅はいいもんだ、特にアンタくらいの若いときにはな」
「今までが旅だったのかもしれないわ」とわたしは日本語で答えた。
運転手は既にパブリック・エネミーのリズムに体を揺らせていてわたしの言葉は届いていないようだった。

ナリタ空港でくぐった到着ゲートがわたしの第二の人生のスタートを知らせた。
数週間後、奇妙にも父から学んだ音楽を仕事とするとは知る由もないまま、わたしはただただ日本の空気を吸い込み続けていた。




上に書いたのが、僕がのだめカンタービレという漫画を知ったときに思い描いたストーリーだ。
「のだめ」の部分はちゃんと読んだのだが、「カンタービレ」という部分を「カウンタービル」とでも読んだらしく、表紙で女の子が楽器を持っているのも手伝って自然に、ごく自然にイメージした。
事実、アメリカ南部には~ヴィルとつく地名が多く、ジャズともつながりが強い地域である。
心に傷を負った天才奏者の物語なんだろうなって。
「ノーディー」から「のだめ」と名を変えるんだろうなって。

おそろしい、思い込みとは、実におそろしい。。。
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by zephyr_garden | 2006-12-01 21:28 | 雑記
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