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ゼファーガーデン(the zephyr garden)

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カテゴリ:雑記( 99 )

人生なのか本当は一度しかない

二十数年も生きていれば自ら何かを決断したり、また友人知人が何かを決断するという状況に幾度となく出会う。
あるいはそれは進路という一部には「人生を左右するほど重要」とまでされている決断だったり、次にやるバイトだったり、はたまた交際相手だったりするだろう。
そして、誰かがある決断を下したときに、その人の口からこんな文句を聞いたことはないだろうか。

「一度しかない人生なんだから、何でもやってみなきゃ損でしょ」

その言葉を聞くたびに、僕はどこかで違和感を覚えながらも、同意・激励というエビフライ定職の如く汎用された回答を選んできた。
しかし本当にそうなのだろうか。
いや、別に人生の回数を談議するワケじゃあない。
決断した本人が本当に「人生は一回しかない」という理由からその道を選んだのだろうか、ということだ。
僕にはその言葉が決断を正当化、あるいは周りを納得させるための呪文に聞こえて仕方がない。
確かに自覚して生きられる人生は一度なのだろうが、それを言うなら2007年2月28日も一遍きりだ。
「一度きりの人生」論がまかり通るなら
「一度きりの2007年2月28日」論も通っていいのではないだろうか。

「一度しかない2007年2月28日なんだから、会社休んでみなきゃ損でしょ」
おそらくこの理由(理屈ではないことに留意)を受け入れる人は多くないだろう。
人生という大それた言葉を用いてこそ、それは強引にも説得力があるようにみせるのだ。
しかし同じ一度きり概念なら、屁理屈でも(理由にあらず)一日一日を過ごしている2007年2月28日論の方が個人的にはよっぽど好感が持てる。

だまされるな!
誰もそんなこと本気で思っちゃいない。
だまされるな!
それはもはや言い訳だ。
だまされるな!
「一度きり」なんじゃない、「一度きりだった」なんだ。

こんなこと書いてたらまた友達なくすな。
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by zephyr_garden | 2007-02-28 16:50 | 雑記

虎視短短ポーカー

このテーブルを離れてはいけない―
男が自分自身に、最初にそう言い聞かせてから、どれだけ時間が経っただろう。
テーブルには自分を含め四人の男女。
皆視線は合わさずとも、言葉は交わさずとも、その内に秘めた欲望を果たさんがためにグッと自分を押し殺している。

「耐えろ、まだだ…しかし顔には出すな、こらえろ…俺は負けない」

他の三人は男の心境を知ってか知らずか、やはり膠着状態を解こうとする者はいない。
あるいはこの三人の中に、その男以上に痺れを切らしている人間がいるかもしれない。
男は焦っていた。

「落ち着け、大丈夫だ。俺はまだまだいける…しかし顔には出すな、呼吸を整えるんだ…冷静さを欠いたら負けだ」

いつからか真剣勝負になっていた。
誰かがこのゲームから、いやテーブルから降りるまで、誰にも止めることはできないのだ。
切れたヤツの負け。
親も勝者もいない、だが敗者だけが存在する。
男は限界にきていた。

「頑張れ、こらえろ!もう負けっぱなしは御免だ。ここまで来たら気力で乗り切るしかない。きっと勝てる!しかしもう我慢できない、どうするっ、負けるのは御免だ。しかしもう我慢できない。どうする、負けるのは御免だ。しかし…」

長い長い沈黙の中、ついに男がテーブルから腰を上げた。
三人の視線が男に集まる。
またもこの勝負の敗者は男だった。
腰掛けたままの三人が一斉に声をかける。

「「「立ったついでに」」」

「冷蔵庫にまだ伊達巻とかまぼこあるからアンタそれ持ってきてちょうだい」
「父さんはビールおかわりー」
「お姉ちゃんに煙草よろ~」

三が日、男が一人、トイレで泣く。
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by zephyr_garden | 2007-02-15 15:06 | 雑記

2007年最初の声を届ける試み

久方ぶりの更新ですあけましておめでとうございます(2007年最初の挨拶)。
引越しせいでネット環境が整わず残念な更新状況でした。
2007年の個人的目標の一つにしっかりと刻まれていたブログの継続は超ロケットミサイルローリングサンダーミサワエルボースロースタートとなってしまいました。
これも引越しのせいでネット環境が(2007年最初の言い訳)。

兎に角、新年の慶びをここに申し上げます。
メールを送って下さった方、返信が遅れていてすいません(2007年最初の懺悔)。
これも引越しのせいで(
こんなガーデンですが、2007年も力の限り読者様どもへメッセージを届けるべく興奮したいと思います。
あ、あとこのブログが書籍化することになりました(2007年最初の嘘)。
というわけで

今年も

よろしく

お願い

します(2007年最初のなんとか)。
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by zephyr_garden | 2007-02-03 17:07 | 雑記

2006年を総括する試みその六~失ったものと得たもの~

いつかの記事で触れたと思うけれど、二ヶ月程前に草野球チームに入った。
メンバーのほとんどは日本人で、半分は僕と同じカレッジの生徒だった。
新しくできた友達に、さらに友達を紹介されねずみ算的に知り合いの数は増えていった。
今までは大学内で日本人の知り合いが全くいなかったのでそれが突然増えたことに少し戸惑った。
…学食の居心地が悪くなったのだ。
よく見ると学食の中、必ず2,3個のテーブルは日本人で占領されていて、外の喫煙エリアにも数人たむろしている。
彼らのほとんどは日本にある提携校からの編入生だったり、付属の語学学校からの生徒だったりで、小さな自治会のようなものらしい。

中途半端な知り合いが急増したせいでなんだか落ち着かなくなり、今までのように次のクラスを待つ間学食で読書をする習慣が楽しめなくなっていた。
自分が気にするほど彼らは僕を気にしているわけはないのだが、嫌でも耳に入ってくる日本語は意外に気になるものだった。
彼らと知り合う前はどうして全く気にかけずにいられたのだろうか。

それでも野球を実際にプレーできる機会を得られたことと、数人の素晴らしい新たな友人ができたことは大きかった。
それだけ考えても入って良かった…のだと思う。

小さなコミュニティに対して、これからもきっと従順にはなれないのだろうけど。
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by zephyr_garden | 2006-12-31 23:24 | 雑記

2006年を総括する試みその五~ZG漫画夜話より~

のだめカンタービレという漫画をご存知か。
のだめカウンタービルじゃあない。
今最も人気のクラシック音楽を題材にした少女漫画である。
たぶんドラマとかやってる、今。

そんな「のだめ」について
画に動きがないだとか
線が硬いだとか
トーンがないから服装によってコマが真っ白になるだとか俗なことを言っちゃあイケナイ。
のだめこそ優れた漫画の要素を再確認させてくれる作品だからだ。

その要素とは「キャラクターが魅力的」、これに尽きる。
ストーリーそのものはテンポが早いために爽快感があるけれど、そこまで秀逸なわけではない。
人物画も、欧州人を描くには浦沢でも参考にしてみたらどうかというところ。
しかし、面白いのだ。
キャラが活きている、キャラが立っている。のだ。
無理にでも何か口癖をつけてキャラ立ちを図る某海賊漫画とは違う。
キレイにまとめるだけで全然リアリティを感じさせない某恋愛事情漫画とは違う。
俺様・王子様タイプで努力型天才のヒーローや、がさつでずぼらで色気より食い気だけどピアノの才能は随一のヒロインをはじめ、ほぼ全てのキャラがしっかりと詳細情報を与えられている。
登場初期から設定がガラリと変わるキャラがいないため安定しているし(ヴィエラ先生は最初は実父のつもりで描いたんじゃないかと勘繰ってしまうが)、伏線も程よく描かれている。
ドラマ化され高視聴率(だよね?)を稼ぐのは充分計算できる作品だと思う。

昨今の漫画原作→映画・ドラマ化の流れを体現する作品の一つ、
のだめカンタービレは2007年も注目に値するのです。
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by zephyr_garden | 2006-12-31 23:20 | 雑記

2006年を総括する試みその四~それも毎年のことよ~

さあ2006年は何が話題になり、誰が砂漠の砂のように消えて散ったか。

◆近年、僕は眼鏡ボーイなので眼鏡そのものに注目が集まったのは悪くなかった。
ただその中で「時東ぁみ」とかいう何て発音するんだこのボケな女が眼鏡キャラで売り出し、水着の時でも眼鏡着用してたり頼まれようが意地でも眼鏡を外さないというワケのわからんスタンスには呆れた。このブスが。
一方で「眼鏡かけとけば男は喜ぶんだろう」といった安易で下卑た企みが様々なメディアに蔓延し、眼鏡かけてる意味ねーだろっていうほどずり下げてかける連中や、セックスをする時でも眼鏡を外さないビデオも増えた(と思う)。
まぁ別に僕は眼鏡をかけた女性が好きってわけでもないからどうでもいいけど。

◆ハードゲイの人は結局僕は一度もお目にかかることなく終わることになりそうだ。
youtubeでいくつか彼の動画は見たが、明らかにゲイじゃないのにゲイって名乗ってていいのだろうかなんてことを心配してしまって全く笑えなかった。
ていうかお前ゲイの本当の恐さを知らねーだろう。
俺は女性が痴漢被害に遭う恐ろしさを理解してるんだよ。
本当に恐ぇーんだよ、声も出ねぇーんだよ。
一遍黒人に襲われてこい、もし生き延びられたならいくらでもその芸続けろ。

◆あれだけ騒ぎになればこっちにも声が届くよ、ボクシングの八百長親子。
日本ランカーと一度も戦わずに、公式戦0勝とかのタイ人血祭りにあげて結局世界王者になっちゃった。
そしたら今度は次男ボクサーがついこの前同じことしてんだ。
前回リングに立ったのが20世紀という爺さん捕まえてきて公開リンチ。
当たり前に勝って(買って)おいて「うおー!」ってお前。
一時期はどの新聞からもヨイショされてたものの、長男が世界王者になったあたりから掌返されちゃっていつの間にか味方してくれるのはスポーツ紙だけ。
モハメド・アリに憧れてるのか知らないけど、ビッグマウスだけ真似てどうする。
辰吉にさえ遠く及ばないのにね。
一つ同情するなら本人は一所懸命ボクシングやってるのに頭のおかしい親父やらスポーツを食い物にするあのテレビ局に操られてしまってるところか。
日本人とやってみなって。

◆中田や新庄と日本スポーツ界のビッグネームの引退が大きく報じられていたが僕にとって最も感慨深かった2006年の引退は紛れもなく議員レスラー馳浩(はせひろし)だった。
深夜にテレビをつければ今夜も相手をグルグル回していた馳。
時代遅れのビキニとニーパッドがダサいけど似合っていた馳。
不器用なストロングスタイルで闘い続けていた馳。
そんなあなたが好きでした、本当にお疲れ様。
タイゾーの教育係なんぞに名乗り出て未だマイクパフォーマンスしたがってるどっかの議員元レスラーは馳の靴でも磨いてこい。
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by zephyr_garden | 2006-12-31 22:00 | 雑記

2006年を総括する試みその三~バンドTは僕らのユニフォームなのさ~

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、あるいはチリ・ペッパーズ、あるいはレッド・ホッツ、あるいはレッチリがバンド史上最高傑作をリリースした。
ある人は糞だと言い放ち、またある人はファンを辞めることを考えた。
しかしそれは最高傑作だった。

では本題にうつろう。
2006年も僕はバンドTシャツばかり着ていた。
ガンズ、ピンクフロイド、レイジ、ジミヘン、イギー・ファッキンポップなどなど、週の半分はそういったものを着て過ごした。
そうするとキャンパスや街で大概声をかけられる。
「panic at the disco、わたしも好きよ!」
「flogging mollyかー、クールだぜ」

お気に入りのTシャツを着ることは髪型がバッチリ決まった時の気分に似ている。
マリオで言うなら間違いなく無敵スター状態だ。
ただでさえ気分は上々なのにそれに輪をかけてコメントをもらえればもうその日は間違いなく星占い一等賞だ。
なんかだんだんドグラ・マドラだ。

バンドTシャツを買い始めた高校時分にもらったアドバイスにこうあった。
「二、三枚しかTシャツを持っていないとそればかり着てしまう。結果すぐに痛んでしまう。それならTシャツを増やせばいい。10枚、20枚と持っていればそれぞれの寿命はすごく長くなる」

アメリカはTシャツが安くていい。
カリフォルニアは一年中Tシャツを着て歩けるからいい。
僕は2007年もバンドTシャツを着ているだろう。

でもジミヘンが枕元に立って
「豆腐屋やれい」
なんてことは言わないだろうな。
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by zephyr_garden | 2006-12-31 21:18 | 雑記

2006年を総括する試みその一~合言葉はいつだって課題~

彼はAを取れていた、いや、彼こそがAを取るべきだった。
僕は今でもそう思っている。


2006年下半期の話―
それは細かく管理されたクラスでオンラインではほとんどリアルタイムで現在の成績が百分の一パーセント単位で確認できる。
エッセイライティングのクラスにはもう一人の日本人の男の子がいた。

彼は終盤に差し掛かる頃、約86%の成績でクラストップだった。
80%あたりをうろうろしていた僕はBが取れればOKのスタンスを早くも固め、他の教科に力を注ぎ始めた。
一方彼は何とか90.00%に乗せ、Aを取ろうと励んだ。

セメスターファイナルをむかえ、彼はついに89.8%まで成績を上げ、あとはもう一息のところまできていた。
しかし彼はファイナルで"普段通り"の仕事をしてしまい、結果的に成績は85%程度まで落ちてしまった。
そのクラスではAを収めた生徒は一人もいなかった。


彼こそがAを取るべきだった、僕のためにも。
告白するならば、五回あったクラス内エッセーのテストのうちの四回で僕は彼よりも良い点を取っていた。
そして残りの一回は同点だった。
彼がAを取ればそれは僕に対する大きな示唆になっていただろう。
「お前はAを狙えるのになぜそれに全力を出さない」

セメスターが終わり、ホッとすると同時になんだか複雑な想いでいっぱいだった。
最終的に二人とも同じ成績だったが内容は随分差をつけられたことだろう。

これをどう2007年に持っていこうか、
あるいはそれは既に始まっているのかもしれない。
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by zephyr_garden | 2006-12-28 21:37 | 雑記

ファイナルウィークちかくのイロイロ

※  日中はTシャツ+ジャージで充分だが、夜になるとロシア人に負けないくらいの毛皮が欲しくなる…ほど寒い。
さすがのサンディエゴも12月の夜はさすがに寒い。

米  動画紹介系ブログに貼りついていた「ワナゴナ」(?)なる番組に出ていた男がかっこ良いなあと思っていたらMTVJAPANのVJの鉄平だった。
どうりでどこかで見たことある気がした。
しかしいつのまにCS飛び出したんだ。
MTVニュースのコダママイコさんもよろしく頼むよ。

#  今までリンスやコンディショナーの類のものは完全に洗い流していたが、少し残した方がクシが通ると言われ試す。
結果自分でも惚れ惚れするほど美しい髪になった。
「なんか髪キレイになった?」といわれたら言いたい。
「その秘密は、こーれ!」(バッグからコンディショナーを取り出しながら)

井  ヘンな時間に寝てしまい、明け方に目覚める。
頭が全然働いていないらしく、今日が何日かはおろか、何月かさえ思い出せない。
PCを開くも眼のピントが全く合わず焦る。
ポツリ「あ、俺ダメになっちゃったのかしら」

期末テスト週間が迫っている。
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by zephyr_garden | 2006-12-06 21:39 | 雑記

the grateful revenge

わたしの名はノーディー、19歳。
父はフランス人の混血、すなわちクリオールであり、母は日本人。
つまりわたしにはフランス人、アフリカ人、スペイン人そして日本人の血が流れている。
しかしその実は、生まれた街から出たことのない、普通の田舎のアメリカ人だ。
見た目は、母の血がやや強めに出たのか、さほど白人らしくはなく、髪や眼の色は日本人そのものだ。
故郷はルイジアナ州境近くのミシシッピ州カウンターヴィル。
ヴィルとはフランス語で「街」を意味し、歴史的背景によりその辺りの地域にはロビンソンヴィルやジャクソンヴィルといったフランス語を起源とする地名が多数存在する。

母はわたしが高校3年生のときに病気で死んだ。
たぶん、癌か何かだったのだろう。
母を殺したのは父だ。
わたしは憎んでいた―酒に溺れ、母に暴力をふるう父を。

父は―多くのクリオールがかつてそうであったように―ジャズミュージシャンだった。
カウンターヴィルのある小さなバーのステージでいつものようにギターを弾いているところ、カウンターにいた当時30歳をむかえようとしていた母と眼が合った。
母は日本で2年の結婚生活にピリオドを打ち、一人旅をしている最中だった。
その哀しげで奥の深い眼に父のグレッグは打ち上げ花火の如き勢いで恋をした。
そして5年後にわたしが生まれた。

幼い頃の想い出は素敵なものばかりだ。
家は貧しかったけれど、なんとか食べていける程度には生活できていたし、何よりもカウンターヴィルでの三人暮らしは楽しかった。
週末になると父はわたしに音楽を教えた。
クラシックギター、ピアノ、バンジョー、トランペットにサックス、ほとんどがアメリカ南部のジャズ、ディキシーランドにまつわるものだった。
父はいつも言っていた
「ノーディー、君が大きくなったらわたしたちのバンドメンバーに入るべきだ。神は君に素晴らしい音楽の才能を与えてくださったのだよ」

わたしは父のその言葉を信じたし、ジャズが好きだった。
でも母が死んでからしばらくは一切の楽器を演奏するのを辞めた。
母を殺したのが父なら、父に母を殺させたのは音楽だと信じていたからだ。

既にジャズプレイヤーとしての誇りも尊厳も、そして妻をも失った男は次にわたしに暴力をふるいだした。
それは水が低いところへ流れるように、当然のことだった。
けれど性的虐待をされなかったのだけは幸いだった。
きっと彼は既にジャズプレイヤーとしてだけでなく、男としても不能だったのだろう。

わたしは故郷を出た。
このままカウンターヴィルにいても大学へ進学できないわたしに残された道は三つしかないのだ。
近所のガソリンスタンドで働くか
売春婦になるか
ホームレスになるか

わたしは日本に行ってみたかった。
母の故郷で生活してみたかった。
母は両親からは既に絶縁されていたのでわたしに日本での頼りは何一つ無い。
でもわたしは日本語が完璧に話せるし(母と話すときは日本語だったのだ)、英語もスペイン語も話せるから、なんとか仕事さえ見つけられれば生活できる。
それに私はアメリカ人と日本人のハーフ、つまり二重国籍者だ。
日本で滞在していても何も罪には問われない。
むしろ二十歳になったら正式に日本人になろう、新しい自分になるんだ。

父の分からない場所に隠しておいた、母の残した衣服や宝石、アクセサリを全て売り払ってお金をつくった。
これだけあれば日本でしばらくは食いつないでいけるだろう―高い高いと言われている日本の物価がどれほどのものかはわからないけど。

初めてパスポートというものを手に入れ、STAでエアプレインのチケットも買った。
頭の中にかかった雲や濃霧がどんどん太陽にかき消されていくような爽快感がわたしを満たした。
日本はどんなところだろう。

「父さん」
全ての準備は整った。フライトは今夜だった。
既に酒も買う金も尽き、冷たい暖炉の前の石のようにぼろいソファで腐っていた父は、大きな荷物を背負ったわたしを見て状況を理解したようだった。
わたしにとってはまだそこまでの思考能力が残されていたことが少し驚きでもあった。
「さよならの時間よ」
「わたしは日本へ行くわ。お母さんの国よ。そこで日本人として暮らすの。もう住む場所も決まってるし仕事もすぐに紹介してもらえるの。あなたとはこれで最後、最後よ。わたしはエアプレインに乗ってカウンターヴィルを出るのよ、かつてあなたたちの祖先がニューオーリンズからシカゴやNYへ渡ったように、かつて人々が西海岸に夢と希望を抱いてルート66を渡ったように。いい?もう一度言うわ、あなたとはこれで一生のお別れよ。その石のようなソファの上でお母さんの命を奪った罪の重さとあなたのこれまでの人生を振り返ってちょうだい」

父はわたしがドアに手をかけたときにようやく口を開いた。
「おおノーディー、俺が悪かった。ここへ戻ってきておくれ。もうひどいことはしないよ。俺を置いていかないでおくれ」
ドアノブに手をかけたまま振り返り、何も言わずにわたしは家を出た。
わたしがここに残ったところでかつてわたしの父だった人はもういないのだ。

ブロードウェイまで歩きタクシーを拾う。
「空港までお願い」
黒人の運転手が尋ねる
「旅行かい?旅はいいもんだ、特にアンタくらいの若いときにはな」
「今までが旅だったのかもしれないわ」とわたしは日本語で答えた。
運転手は既にパブリック・エネミーのリズムに体を揺らせていてわたしの言葉は届いていないようだった。

ナリタ空港でくぐった到着ゲートがわたしの第二の人生のスタートを知らせた。
数週間後、奇妙にも父から学んだ音楽を仕事とするとは知る由もないまま、わたしはただただ日本の空気を吸い込み続けていた。

すごく正直な、ここだけの話
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by zephyr_garden | 2006-12-01 21:28 | 雑記