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ゼファーガーデン(the zephyr garden)

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2006年を総括する試みその四~それも毎年のことよ~

さあ2006年は何が話題になり、誰が砂漠の砂のように消えて散ったか。

◆近年、僕は眼鏡ボーイなので眼鏡そのものに注目が集まったのは悪くなかった。
ただその中で「時東ぁみ」とかいう何て発音するんだこのボケな女が眼鏡キャラで売り出し、水着の時でも眼鏡着用してたり頼まれようが意地でも眼鏡を外さないというワケのわからんスタンスには呆れた。このブスが。
一方で「眼鏡かけとけば男は喜ぶんだろう」といった安易で下卑た企みが様々なメディアに蔓延し、眼鏡かけてる意味ねーだろっていうほどずり下げてかける連中や、セックスをする時でも眼鏡を外さないビデオも増えた(と思う)。
まぁ別に僕は眼鏡をかけた女性が好きってわけでもないからどうでもいいけど。

◆ハードゲイの人は結局僕は一度もお目にかかることなく終わることになりそうだ。
youtubeでいくつか彼の動画は見たが、明らかにゲイじゃないのにゲイって名乗ってていいのだろうかなんてことを心配してしまって全く笑えなかった。
ていうかお前ゲイの本当の恐さを知らねーだろう。
俺は女性が痴漢被害に遭う恐ろしさを理解してるんだよ。
本当に恐ぇーんだよ、声も出ねぇーんだよ。
一遍黒人に襲われてこい、もし生き延びられたならいくらでもその芸続けろ。

◆あれだけ騒ぎになればこっちにも声が届くよ、ボクシングの八百長親子。
日本ランカーと一度も戦わずに、公式戦0勝とかのタイ人血祭りにあげて結局世界王者になっちゃった。
そしたら今度は次男ボクサーがついこの前同じことしてんだ。
前回リングに立ったのが20世紀という爺さん捕まえてきて公開リンチ。
当たり前に勝って(買って)おいて「うおー!」ってお前。
一時期はどの新聞からもヨイショされてたものの、長男が世界王者になったあたりから掌返されちゃっていつの間にか味方してくれるのはスポーツ紙だけ。
モハメド・アリに憧れてるのか知らないけど、ビッグマウスだけ真似てどうする。
辰吉にさえ遠く及ばないのにね。
一つ同情するなら本人は一所懸命ボクシングやってるのに頭のおかしい親父やらスポーツを食い物にするあのテレビ局に操られてしまってるところか。
日本人とやってみなって。

◆中田や新庄と日本スポーツ界のビッグネームの引退が大きく報じられていたが僕にとって最も感慨深かった2006年の引退は紛れもなく議員レスラー馳浩(はせひろし)だった。
深夜にテレビをつければ今夜も相手をグルグル回していた馳。
時代遅れのビキニとニーパッドがダサいけど似合っていた馳。
不器用なストロングスタイルで闘い続けていた馳。
そんなあなたが好きでした、本当にお疲れ様。
タイゾーの教育係なんぞに名乗り出て未だマイクパフォーマンスしたがってるどっかの議員元レスラーは馳の靴でも磨いてこい。
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# by zephyr_garden | 2006-12-31 22:00 | 雑記

2006年を総括する試みその三~バンドTは僕らのユニフォームなのさ~

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、あるいはチリ・ペッパーズ、あるいはレッド・ホッツ、あるいはレッチリがバンド史上最高傑作をリリースした。
ある人は糞だと言い放ち、またある人はファンを辞めることを考えた。
しかしそれは最高傑作だった。

では本題にうつろう。
2006年も僕はバンドTシャツばかり着ていた。
ガンズ、ピンクフロイド、レイジ、ジミヘン、イギー・ファッキンポップなどなど、週の半分はそういったものを着て過ごした。
そうするとキャンパスや街で大概声をかけられる。
「panic at the disco、わたしも好きよ!」
「flogging mollyかー、クールだぜ」

お気に入りのTシャツを着ることは髪型がバッチリ決まった時の気分に似ている。
マリオで言うなら間違いなく無敵スター状態だ。
ただでさえ気分は上々なのにそれに輪をかけてコメントをもらえればもうその日は間違いなく星占い一等賞だ。
なんかだんだんドグラ・マドラだ。

バンドTシャツを買い始めた高校時分にもらったアドバイスにこうあった。
「二、三枚しかTシャツを持っていないとそればかり着てしまう。結果すぐに痛んでしまう。それならTシャツを増やせばいい。10枚、20枚と持っていればそれぞれの寿命はすごく長くなる」

アメリカはTシャツが安くていい。
カリフォルニアは一年中Tシャツを着て歩けるからいい。
僕は2007年もバンドTシャツを着ているだろう。

でもジミヘンが枕元に立って
「豆腐屋やれい」
なんてことは言わないだろうな。
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# by zephyr_garden | 2006-12-31 21:18 | 雑記

2006年を総括する試みその二~再チャレンジに再チャレンジ~

美しい国づくりを目指し立ち上がった人たちがいた。
格差問題、ワーキングプア問題、ニート・フリーター問題、一網打尽だ。

新卒であることが処女みたいに価値のあるものと捕らえられている日本において一度でも社会から外れてしまうと深刻な事態が待っている。
求人広告にはなぜかどこも年齢制限。
30過ぎたらチャンスさえない。
仮に年齢制限をパスしても面接で
「この空白の期間は何をしていたのですか」
の一言でゲームオーバー。

そこで再チャレンジ支援税制だった。
フリーターを優先的に採用しワーキングプアの根絶する計画を立てた。
高齢無職者にもチャンスを与え、格差の縮小にもつながるこの政策は世の「新卒でない人々」に希望と勇気を与えたかに見えた。
しかし「フリーターとかニートの定義がむじゅかしいんでぇ」とのことであっさりと流されてしまいましたとさ。
マニュフェストって何?おいしいの?

迫る2007年問題。
ダンコンのおじさまたちは会社を去ります。
電車内の加齢臭が幾分和らぎキヨスクのビール、つまみ、漫画雑誌の売り上げはガタ落ちします。
熟年自殺と離婚が増えます。
まだまだ社会の頂上には最も無能と言われる世代が残っています。

でもそんなことはどうでもいい!
とりあえずはオナニーだ!
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# by zephyr_garden | 2006-12-30 21:29 | カルチャー

2006年を総括する試みその一~合言葉はいつだって課題~

彼はAを取れていた、いや、彼こそがAを取るべきだった。
僕は今でもそう思っている。


2006年下半期の話―
それは細かく管理されたクラスでオンラインではほとんどリアルタイムで現在の成績が百分の一パーセント単位で確認できる。
エッセイライティングのクラスにはもう一人の日本人の男の子がいた。

彼は終盤に差し掛かる頃、約86%の成績でクラストップだった。
80%あたりをうろうろしていた僕はBが取れればOKのスタンスを早くも固め、他の教科に力を注ぎ始めた。
一方彼は何とか90.00%に乗せ、Aを取ろうと励んだ。

セメスターファイナルをむかえ、彼はついに89.8%まで成績を上げ、あとはもう一息のところまできていた。
しかし彼はファイナルで"普段通り"の仕事をしてしまい、結果的に成績は85%程度まで落ちてしまった。
そのクラスではAを収めた生徒は一人もいなかった。


彼こそがAを取るべきだった、僕のためにも。
告白するならば、五回あったクラス内エッセーのテストのうちの四回で僕は彼よりも良い点を取っていた。
そして残りの一回は同点だった。
彼がAを取ればそれは僕に対する大きな示唆になっていただろう。
「お前はAを狙えるのになぜそれに全力を出さない」

セメスターが終わり、ホッとすると同時になんだか複雑な想いでいっぱいだった。
最終的に二人とも同じ成績だったが内容は随分差をつけられたことだろう。

これをどう2007年に持っていこうか、
あるいはそれは既に始まっているのかもしれない。
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# by zephyr_garden | 2006-12-28 21:37 | 雑記

Red Hot Chili Peppers Live@ San Diego Sports Arena 2006

なんだか最近アンソニー・キーディスとかアンソニー・キーディスとかアンソニー・キーディスでの検索訪問が異常に多く、静かなる重圧に怯えています。
ということで夏に行ったライブ・レポでもしてみようかと思います。
3月に来日公演が正式に発表されたチリ・ペッパーズ、ライブへ行く人はセットリストなど参考にしてみては。
ようつべにあったものはリンクも一緒に貼っておきました。
曲名をクリックでとびます。


1.Intro.
ここ最近おなじみの衣装で登場。ちなみにこの時点でSPをかわし二階指定席から一階アリーナへ進入成功。照明が落ちればこっちのもん。

2.Can't Stop
2004年くらいまではBy The Wayで始めてたけどここ1,2年はこの曲で始めることが多くなってきた。興奮してたせいでアンソニーがどこで歌詞を間違えるかチェックできなかった。もしかしてちゃんと歌ったのか?

3.Dani California
この曲を聴きに来た!と言っても過言でない程の期待をかけていた。横の濃いめのあんちゃんとはしゃぎまくる。ちなみに連れの友人とは既にはぐれている。

4.Scar Tissue
最も好きな曲の一つ。これも聴けて本当に良かった。最後の方に演ってたら泣いてたかもね。PVも必見。

5.Charlie
新盤Stadium Arcadiumより。これ誰のことを歌ったもんなんでしょう。やっぱDaniに関係あるのかしらん。セットリストを手に書いているためにもうサインペンの出が悪くなってきた。

6.Fortune Faded
チャドのドラムに合わせてその場でぐるぐる回りまくる。隣のあんちゃんのダンスはクレイジーだ。逆隣の女の子二人はとってもホットだ。

7.21st Century
新盤より3曲目。これはライブver.の方が圧倒的にイカしてる。アンソニーが"oh, oh oh~"の歌いだしを間違えるのを期待していたのに…。あとチャドが帽子ナシで叩いてるの珍しいね(リンク先参照)。

8.Flea Solo
正直全然覚えてない。もう五ヶ月も前のことだもの。けど俺はアンタのファンだよ、フリー。

9.Throw Away Your Television
一通り演った後のJamが絶頂エクスタシー。聴けて本当に良かった。ある人が言ってた、「世界最強の半分はジョンでできているんだね」の言葉はある意味で真実。リンク先は歌いだしを間違えてチャドにストップかけられるアンソ兄氏。

10.Havana Affair
やってくれるとは思わなかったので嬉し泣き。比較的古いナンバーだからか横のヤンキーギャル達が初めておとなしくなった。ラモォォーンズだよー。

11.John Solo
何の曲か分からなかった。カバーなんだろうけど、Bee Geesじゃあない。誰だったんだろう。それにしてもジョンの歌声すげ。

12.Snow((Hey Oh))
シングルカットもされたジュピター2曲目。この1→2の流れはBy The Wayの1→2の流れと同じものを感じる。美し。

13.Me And My Friends
やってくれると信じてた。実は今回一番楽しみにしてた曲の一つでもある。しかしよくジョンが加入前の曲を演るようになったものだなあ。

14.Wet Sand
Under The Bridgeに代わる泣きのドラマか。一部で不評らしいけど大好き。大好きだ。ちょっと涙が出たよアンソン。

15.London Calling~Right On Time
The ClashのLondon Calling のイントロに乗せて。このイントロ部、色んなバージョンがあるけどやっぱりこれが分かりやすいしノレるしで良い。そして今までに聴いたこと無い程ファストテンポのRight On Timeだった。youtubeで最高の動画を見つけたのでそちらも必見。伝説のチンコソックス。

16.Don't Forget Me
好きな人は本当に好きらしいけど個人的にこれを演るならVenise Queenをやってほしかったところではある。まあこれも好きは好きだけど。

17.Californication Intro
アンソンがドラム叩いてるのがすげーかわいかった。フリーとジョンが向き合ってジャムりつつ後ろででかいスティックでアンソンという図。さらに我が子でも見守るかのように側に立つチャドがツボだった。横のギャル達も騒いでたな、「アンソニーが叩いてるわよぉおお」って。やっぱ女の子はアンソニー好きなのね。

18.Californication
新譜のDani Californiaに登場するダニーという女性はこの曲で十代で妊娠する女性と同一人物。チリ・ペッパーズを代表する曲(の一つ)。

19.By The Way
今回は や ら な い か と思ってたら最後にやってくれた。もちろんタクシードライバーは出てきません。

~Encore~

20.I Could Have Lied
BSSMから復活!復活!うれションもの。

21.You're Gonna Get Yours~Give It Away
最近の定番、Public EnemyのYou're Gonna Get Yoursのイントロに乗せてぎぶるうぇー。ついに指定席や防壁がぶち壊されモッシュ解禁(遅いよ)。ぎぶるうぇーぎぶるうぇーぎぶるうぇいなう。

22.outrO
引き際は大事ね。いや、まだやってくれるなら嬉しいけど。


終了後、友人とステージ前まで行ったらばスタッフがもう片付け始めてる。
そこで燃える闘魂ばりの勢いで言ってみた、日本語で
「ン投げろっ!」
そしたら本当にストライクでチャドのスティック投げてくれた。
いやあ言ってみるものだ。

このサンディエゴ・スポーツアリーナ、実は僕が始めてNBAを観戦した場所でもある。
その思い入れのある場所でチリ・ペッパーズを観られたというのは大きな財産になった。
けれど全席指定には心底腹が立ったのであとで人糞を送り付けたいと思う。
ここからは写真貼っておきます。

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# by zephyr_garden | 2006-12-17 11:13 |

人前でパフェが食べられない男子諸君へ

欧州で人気の「暗闇レストラン」、ロスに登場

ウェイターも他の客も真っ暗で見えない---。そんな不思議なレストランが米ロサンゼルスに登場し話題となっている。
 「暗闇での食事」をコンセプトにしたこのレストランは、ホテル内で週1日だけの限定営業。ウェイターの姿も見えない真っ暗なダイニングルームで、客は3つのコースメニューから料理を注文。日常生活にはない奇妙な体験を楽しめるという。
 ヨーロッパでは、ベルリン、パリ、ハンブルク、チューリヒに同様のレストランが既に登場しており、人気を博しているという。


これって随分昔にジャンプの王ロバでやってたネタだ…実在してやがる。
しかも人気を博してるだなんて、世の中何が流行るかわからないもんだ。
誰か覚えてないかな「王様はロバ」。
あれはおもしろかったなあ。
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# by zephyr_garden | 2006-12-09 19:39 | カルチャー

ファイナルウィークちかくのイロイロ

※  日中はTシャツ+ジャージで充分だが、夜になるとロシア人に負けないくらいの毛皮が欲しくなる…ほど寒い。
さすがのサンディエゴも12月の夜はさすがに寒い。

米  動画紹介系ブログに貼りついていた「ワナゴナ」(?)なる番組に出ていた男がかっこ良いなあと思っていたらMTVJAPANのVJの鉄平だった。
どうりでどこかで見たことある気がした。
しかしいつのまにCS飛び出したんだ。
MTVニュースのコダママイコさんもよろしく頼むよ。

#  今までリンスやコンディショナーの類のものは完全に洗い流していたが、少し残した方がクシが通ると言われ試す。
結果自分でも惚れ惚れするほど美しい髪になった。
「なんか髪キレイになった?」といわれたら言いたい。
「その秘密は、こーれ!」(バッグからコンディショナーを取り出しながら)

井  ヘンな時間に寝てしまい、明け方に目覚める。
頭が全然働いていないらしく、今日が何日かはおろか、何月かさえ思い出せない。
PCを開くも眼のピントが全く合わず焦る。
ポツリ「あ、俺ダメになっちゃったのかしら」

期末テスト週間が迫っている。
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# by zephyr_garden | 2006-12-06 21:39 | 雑記

the grateful revenge

わたしの名はノーディー、19歳。
父はフランス人の混血、すなわちクリオールであり、母は日本人。
つまりわたしにはフランス人、アフリカ人、スペイン人そして日本人の血が流れている。
しかしその実は、生まれた街から出たことのない、普通の田舎のアメリカ人だ。
見た目は、母の血がやや強めに出たのか、さほど白人らしくはなく、髪や眼の色は日本人そのものだ。
故郷はルイジアナ州境近くのミシシッピ州カウンターヴィル。
ヴィルとはフランス語で「街」を意味し、歴史的背景によりその辺りの地域にはロビンソンヴィルやジャクソンヴィルといったフランス語を起源とする地名が多数存在する。

母はわたしが高校3年生のときに病気で死んだ。
たぶん、癌か何かだったのだろう。
母を殺したのは父だ。
わたしは憎んでいた―酒に溺れ、母に暴力をふるう父を。

父は―多くのクリオールがかつてそうであったように―ジャズミュージシャンだった。
カウンターヴィルのある小さなバーのステージでいつものようにギターを弾いているところ、カウンターにいた当時30歳をむかえようとしていた母と眼が合った。
母は日本で2年の結婚生活にピリオドを打ち、一人旅をしている最中だった。
その哀しげで奥の深い眼に父のグレッグは打ち上げ花火の如き勢いで恋をした。
そして5年後にわたしが生まれた。

幼い頃の想い出は素敵なものばかりだ。
家は貧しかったけれど、なんとか食べていける程度には生活できていたし、何よりもカウンターヴィルでの三人暮らしは楽しかった。
週末になると父はわたしに音楽を教えた。
クラシックギター、ピアノ、バンジョー、トランペットにサックス、ほとんどがアメリカ南部のジャズ、ディキシーランドにまつわるものだった。
父はいつも言っていた
「ノーディー、君が大きくなったらわたしたちのバンドメンバーに入るべきだ。神は君に素晴らしい音楽の才能を与えてくださったのだよ」

わたしは父のその言葉を信じたし、ジャズが好きだった。
でも母が死んでからしばらくは一切の楽器を演奏するのを辞めた。
母を殺したのが父なら、父に母を殺させたのは音楽だと信じていたからだ。

既にジャズプレイヤーとしての誇りも尊厳も、そして妻をも失った男は次にわたしに暴力をふるいだした。
それは水が低いところへ流れるように、当然のことだった。
けれど性的虐待をされなかったのだけは幸いだった。
きっと彼は既にジャズプレイヤーとしてだけでなく、男としても不能だったのだろう。

わたしは故郷を出た。
このままカウンターヴィルにいても大学へ進学できないわたしに残された道は三つしかないのだ。
近所のガソリンスタンドで働くか
売春婦になるか
ホームレスになるか

わたしは日本に行ってみたかった。
母の故郷で生活してみたかった。
母は両親からは既に絶縁されていたのでわたしに日本での頼りは何一つ無い。
でもわたしは日本語が完璧に話せるし(母と話すときは日本語だったのだ)、英語もスペイン語も話せるから、なんとか仕事さえ見つけられれば生活できる。
それに私はアメリカ人と日本人のハーフ、つまり二重国籍者だ。
日本で滞在していても何も罪には問われない。
むしろ二十歳になったら正式に日本人になろう、新しい自分になるんだ。

父の分からない場所に隠しておいた、母の残した衣服や宝石、アクセサリを全て売り払ってお金をつくった。
これだけあれば日本でしばらくは食いつないでいけるだろう―高い高いと言われている日本の物価がどれほどのものかはわからないけど。

初めてパスポートというものを手に入れ、STAでエアプレインのチケットも買った。
頭の中にかかった雲や濃霧がどんどん太陽にかき消されていくような爽快感がわたしを満たした。
日本はどんなところだろう。

「父さん」
全ての準備は整った。フライトは今夜だった。
既に酒も買う金も尽き、冷たい暖炉の前の石のようにぼろいソファで腐っていた父は、大きな荷物を背負ったわたしを見て状況を理解したようだった。
わたしにとってはまだそこまでの思考能力が残されていたことが少し驚きでもあった。
「さよならの時間よ」
「わたしは日本へ行くわ。お母さんの国よ。そこで日本人として暮らすの。もう住む場所も決まってるし仕事もすぐに紹介してもらえるの。あなたとはこれで最後、最後よ。わたしはエアプレインに乗ってカウンターヴィルを出るのよ、かつてあなたたちの祖先がニューオーリンズからシカゴやNYへ渡ったように、かつて人々が西海岸に夢と希望を抱いてルート66を渡ったように。いい?もう一度言うわ、あなたとはこれで一生のお別れよ。その石のようなソファの上でお母さんの命を奪った罪の重さとあなたのこれまでの人生を振り返ってちょうだい」

父はわたしがドアに手をかけたときにようやく口を開いた。
「おおノーディー、俺が悪かった。ここへ戻ってきておくれ。もうひどいことはしないよ。俺を置いていかないでおくれ」
ドアノブに手をかけたまま振り返り、何も言わずにわたしは家を出た。
わたしがここに残ったところでかつてわたしの父だった人はもういないのだ。

ブロードウェイまで歩きタクシーを拾う。
「空港までお願い」
黒人の運転手が尋ねる
「旅行かい?旅はいいもんだ、特にアンタくらいの若いときにはな」
「今までが旅だったのかもしれないわ」とわたしは日本語で答えた。
運転手は既にパブリック・エネミーのリズムに体を揺らせていてわたしの言葉は届いていないようだった。

ナリタ空港でくぐった到着ゲートがわたしの第二の人生のスタートを知らせた。
数週間後、奇妙にも父から学んだ音楽を仕事とするとは知る由もないまま、わたしはただただ日本の空気を吸い込み続けていた。

すごく正直な、ここだけの話
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# by zephyr_garden | 2006-12-01 21:28 | 雑記